茶の湯を通して問いかける
日本の思想の価値
アートや工芸は、ただ見るだけではなく、作品に宿る鼓動を手に感じてこそ、本質的な価値が開かれる。丹青社が展開する「B-OWND」は、茶の湯の中で作品を“使う“ことで生まれる新たな価値を探求し、これらをビジネスとして成立させる挑戦を続けている。茶会によりもたらされる問いや、生まれる気づき、美しさ。それらが交わることで、市場が新たな形で広がっていく。伝統と革新が交差するその最前線を紐解く。
岩本
本日は、丹青社さんが展開する、アート・工芸作品のプラットフォーム「B-OWND」のストーリーを中心にお話しを伺えればと思っております。まずは、石上さんが丹青社さんに入社して「B-OWND」を立ち上げることになった経緯をお聞かせいただけますか。
石上
もともと私の両親が芸術家だったこともあって、アートや文化の分野に幼少期から触れてきました。しかし、日本の工芸やアートは素晴らしいのに、アーティストが生計を立てるのは本当に難しく、マーケットも小さいためにビジネスとして続けにくいという構造的課題がある。そこをなんとかしたいと思ったのが出発点です。ギャラリーのマージンやアート業界のヒエラルキーなど、数々の障壁を感じる中で、それなら、自分でプラットフォームを作り、根本から変えていかないといけないと思ったんです。
新卒で丹青社に入社しましたが、自分のやりたいこととのギャップを感じている中で、やりたいことを上司に相談したところ、「うちでやってみろ」という話になったんです。こうして、吉田さんと出会って、新規事業として「B-OWND」を丹青社の中で立ち上げることになりました。

吉田
ちょうど私が文化空間事業部で新規事業立ち上げの責任者になった頃で、「丹青社がこれからどう新しい価値を生み出すか」を模索していました。当社は、空間づくりの分野で国内トップクラスですが、単に空間に作品を展示したり、紹介するにとどまらず「文化で経済価値を創出できる事業をつくりたい」という想いがありました。
そんな時に石上が提案したのは、まさに「アート領域の課題をビジネスとして解決しよう」というプランでした。しかも彼の場合、アートや工芸の課題を自分ごととして捉えており、生き様と強く結びついていましたので、これは熱量が違うと思いました。
また、新規事業は、既存の枠にとらわれない人、あるいはまったく違う視点をもつ人の方がうまくいくという経験則もあったので、「これならうちでやってみてほしい」と思ったのです。
工芸が息づく「茶の湯」という場との出会い
石上
私自身、当初は「日本文化をプラットフォーム化するぞ」とは思っていましたが、特に「茶の湯」を最優先で取り上げる気持ちは強くはありませんでした。ところが、2021年に羽田で「アート×茶の湯」の展示をやってみたら予想以上に反響が大きかった。デジタル映像を組み合わせた現代的な空間の最後に、小さな茶室をつくったんです。そこに来場者を招いて、岩本さんが点前をし、お茶でもてなすことで、想像を超える「感動」や「没入感」が生まれたんですね。その時に、茶の湯は一種の「空間芸術」としても、ものすごく強力だなと再認識しました。
茶の湯は敷居が高そう、と敬遠してきた面もありましたが、岩本さんなら新しい視点を持って一緒にできそうだと。実際にご一緒してみたら「日本文化を世界に発信したい」と本気で思っている同志だと感じました。そこから様々なところで「B-OWND」とTeaRoomの協業機会が増え、ある時は、6日間で2,200万円相当の工芸作品が売れるなど、ものすごい反応を得られました。

岩本
毎度大きな手応えがありますね。工芸には「使用価値」と「鑑賞価値」の両面があります。ところが多くの展示会などでは、作品がただ「置かれているだけ」で終わってしまう。実際に手に取ったり、使ったりすることで、その工芸品が持つ本来の魅力がはじめて伝わるんです。
さらに、茶の湯は「総合芸術」と言われるほど、建築や花、掛け軸、茶器、人の動作まで含めた「空間の調和」が核にあります。茶会を体験することで、器を丁寧に使う行為そのものに芸術性を感じたり、そこから作品を欲しくなるという人がたくさんいるんです。
実際イベントでは、茶会の中で作家さんの作品を実際に使ってみましょう、と言って提供すると、それを体験された方が一気に購入に踏み切る、まさに「アートとしての価値」と「道具としての価値」の両面が融合した瞬間だと思いました。
海外アートフェアで示した、身体性に根ざした日本の精神
岩本
これまでのコラボレーションが実を結び、2023年と2024年のアメリカ・マイアミでのアートフェア「SCOPE MIAMI BEACH」への出展が実現しました。2024年は、アーティスト「TeaRoom」として茶会をインスタレーション作品として展示・販売し、かなり大きな反響をいただきましたね。
石上
このアートフェアは、世界中の一流ギャラリーが130ほど集まる大規模なイベントです。「B-OWND」は創業5年という若い事業体なのに、出展の機会を得ることができた。これだけでも相当にチャレンジングでした。
アメリカのアート市場は、基本的に「ホワイトキューブ」の空間に作品を展示する方式が主流ですが、伝統工芸品や茶碗のような「使われてこそ価値が開く作品」は、ただ置かれているだけでは良さが伝わりにくい。そこで、茶室でお茶会をやろう、と決めたんです。

岩本
実際にブースに茶室を組み立て、私を含む3人の茶人が何度もお点前を行いました。すると、なんだこれは、といって、多くのギャラリー関係者やコレクターが押し寄せたんです。アメリカでは、日本の文化と言えば「侍」「忍者」「寿司」といったイメージが先行しがちですが、いざ目の前で茶の湯が展開されると、こんなにも「身体を使った静謐な儀式」があるのか、と衝撃を受けていました。
結果的に、事務局からは「今年のアートフェアで最も面白かったブースだ」と言われ、工芸作品も飛ぶように売れましたね。「セレモニー」としての強力なインパクトを示せたと思います。
石上
茶室を設け、そこに「結界」が生まれることで、来場者がスッと神妙になるんですよね。なんとなく、自由に触っていいわけではないようだ、と直感して行儀がよくなる。これはまさしく舞台芸術や宗教儀式にも通じる「場の力」であり、日本文化の本質かもしれない。
しかも、そこで使用した器を販売すると、自分もこの神秘的な体験を持ち帰りたいと言わんばかりに購入してくださる。実際、例えば「頬鎧盃(ほおよろいはい)」というマスク型の器が特に人気を集め、作品があっという間に売れていった。やはり、「使う」「ストーリーを感じる」という行為が付加価値に直結しているのだと実感しました。
吉田
今回のマイアミへの挑戦は、当社の新規事業にとっても非常に大きな意味がありました。丹青社はもともと、商業空間や博物館、美術館など文化空間まで手掛ける会社であり、「アート作品を販売するギャラリー」ではありません。それでも「日本文化の価値を『空間』として提示し、ビジネスにしていく」というコンセプトを、世界規模のアートシーンで証明できたのは大きな成果です。
立ち上げから5年でここまで来るとは、当初は思っていませんでした。でもマイアミでの評判を機に、今後も世界各地で「B-OWND」の取り組みを展開していけるという期待が、社内でも高まっています。

日本の文化が築いてきた、垣根をまたいだ産業の連携方法
岩本
今後の「B-OWND」の展開についてはどのように考えていらっしゃいますか。
石上
私たちのビジョンは、日本文化や工芸を「次世代の経済」と結びつけることにあります。そのための最適なフォーマットとして「茶の湯」を使う価値は大きい。例えば、戦国時代の武将や江戸時代の政治経済の中枢にいた人々は、茶会を通じて人脈を形成し、モノや文化にお金を投じていたわけです。
現代だとゴルフ接待などに置き換わっている面があるかもしれませんが、実はもっと深いコミュニケーション方法の手段があるぞ、と。それを「あらためて標準化する」という発想で、トッププレイヤーにいるビジネスリーダーやクリエイターを巻き込みたいと思っているんです。

岩本
そのためにも、やはりTeaRoomと「B-OWND」がしっかりと連携し、質の高い体験価値を創出し続けることが大事ですね。私たちが最もこだわるのは、道具を丁寧にあつかい、その所作が発するメッセージを通じて、相手に問いを与えること。「使い手が変われば、その器の見え方も変わる」といった気づきこそが、文化の神髄だと思っています。
そうした感動が工芸の購入につながり、さらに仲間を誘って自らも企画する側に回る人が増え、そんな循環が生まれることで、工芸市場全体の拡大にも繋がっていくでしょう。
石上
日本の文化産業は、海外と比べると「個別」で戦うケースが多い。作家は自分の作品を売るだけ、ギャラリーは既存の範疇で展示するだけ。そうすると、世界規模のアート市場で埋もれやすい。
しかし「茶の湯」という総合芸術は、複数の作家・道具・空間・ホスト・ゲストが一体となるので、「産業をまたいだ連携」が生まれやすい。そこで同じビジョンをもつ人たちが手を取り合って「面」で世界にアプローチすれば、より大きなインパクトを与えられるんじゃないかと感じています。
岩本
そうですね。文化や工芸が衰退している中で、「面」を形成し一気に跳ね上がる実例ができれば、それが希望となり、アーティストや茶人、職人たちの挑戦を後押しするはずです。私たちも「1つの成功例があれば、歴史を変えられる」と信じて取り組んでいます。

空間づくりの本質を捉え直し、文化とともに跳躍する
岩本
ここまで伺う中で、「B-OWND」はビジネス面でも大きな可能性が感じられます。空間づくりに長い歴史と実績を持つ丹青社さんとしては、今後はどのように発展をお考えでしょうか。
吉田
丹青社は、商業施設や文化施設、イベント・博覧会などの空間づくりでトップクラスの実績があります。ただ、リーマンショックや東日本大震災などを経験し、景気によって業績が大きく上下する会社の事業構造であったり、付加価値の源泉となる伝統的なものにさえ見向きがされなくなる日本の状況に強い危機感を持っていました。
そこで、「文化×空間」によって新たな経済価値を生み出すほうにシフトしようという思いがあったんです。まさに「B-OWND」はその先駆けで、アート作品の展示や販売にとどまらず、茶の湯を通じた体験をパッケージ化して、その価値が市場で正しく評価され、作り手にも還元される仕組みを成立させたいと思っています。
これを丹青社の他領域にも展開して、万博や大規模な商業施設にも取り入れることが出来れば、会社としても大きく跳躍できるはずです。

岩本
私たち茶の湯を担う側からすると、「日本文化を世界に届けたい」と考えても自力では展開しきれません。空間設計、海外へのネットワーク、資金力、さらにはステークホルダーの調整など様々な課題があります。
しかし、丹青社さんのように空間づくりのプロがいることで、フェアや展示を行うハードルが一気に下がる。「B-OWND」との連携があれば、国内外を問わず新しいチャレンジが可能になります。
私たちも茶の湯の本質を研ぎ澄ませ、工芸やアートの作り手と連携しながら、持続可能な仕組み化を進められると考えています。
最終的には、「茶の湯を世界標準のコミュニケーションツールにする」くらい壮大な目標も描いていますし、それをどこまで実現できるかが楽しみです。
おわりに
石上
これからの時代では、工芸やアートが海外で評価されるには、個別の作品が「ホワイトキューブ」に並んでいるだけでは限界があります。「茶の湯」のように、体験そのものが持つ力を最大化し、さらに「面」で連携していくことが重要だと思います。
「1杯の茶碗に1億円の価値をつける」、それが夢物語ではなく、本当に可能になるかもしれません。道具や器の販売だけでなく、空間、人の所作、ものがたりまでをも含んだパッケージを世界に届けていく。丹青社だからこそ実現できる部分は大きいと思っています。
吉田
当社の存在意義として、「空間から未来を描き、人と社会に丹青(いろどり)を。」というパーパスを掲げています。その「いろどり」における、文化や芸術の役割は大きいと思っています。まだまだ私たちも試行錯誤中ですが、「B-OWND」と茶の湯との連携で、日本の伝統文化や現代アートの価値を世界基準で高めていく取り組みを加速させていきたいです。
岩本
私自身はずっと「東洋の価値をどう西洋世界に伝えていくか」というテーマを突き詰めています。茶の湯は、茶室の外と内とを隔てる「結界」を設けてお客様を迎え、セレモニーとして丁寧に振る舞い、相手に深い印象を与えます。それは「宗教儀式」のようでもあり、同時に「舞台芸術」のようでもあり、しかも自分で器を手に取ってお茶を飲むという体験ができます。このフォーマットは相当に革新的なはずなんです。
その力を最大化し、日本文化の持つ奥深さを世界に示していくことで、後に続く職人やアーティストの道も拓く。私たちの挑戦によって大きく流れが変わると信じています。今後も「B-OWND」とタッグを組んで、世界に挑んでいきたいですね。

Photo
Shunichi Oda